障がい者や高齢者など、誰もが安心して移動や施設の利用ができる社会をめざす「新バリアフリー法」の成立から、あす15日で20年の節目を迎えます。変わりゆく社会の姿を当事者はどう見ているのか。車いす利用者で認定NPO法人ウィーログ代表理事の織田友理子さん、夫の洋一さんと共に、記者が街を歩きました(電子版では、紙面未掲載の街歩き写真をご覧いただけます)。 ■“行ける”喜び 百貨店やブランド店が立ち並ぶ東京都中央区銀座。そのメイン通りに近い、銀座一丁目駅(東京メトロ)の地上エレベーターから、洋一さんのサポートで車いすに乗る友理子さんが出てきました。 同駅にエレベーターが設置されたのは昨年8月。それまで車いす利用者は隣駅で下車するなど、不便さを感じていました。友理子さんは「こうした一つ一つのバリアフリーが心を軽くする」とほほ笑みます。 友理子さんは、全身の筋力が低下していく「遠位型ミオパチー」という難病によって、2006年から車いすで生活しています。 当時、自宅の最寄り駅にはエレベーターがありませんでしたが、新バリアフリー法の制定などによって、最寄り駅へのエレベーター設置が実現。「あの時感じた、これからはどこにでも行けるんだという喜びは今も忘れられない」と友理子さんは語ります。 共に歩んできた洋一さんも「法整備によって、移動しやすい環境は格段に整った」と実感しています。 ■当事者の視線 街ゆく人がショーウインドーに目を向ける中、友理子さんの視線は、店の入り口に注がれていました。 友理子さんの車いすでは7・5センチ以上の段差が越えられません。銀座の街には、こうした段差が残る店が多くありました。国の法律では、小規模店舗に段差解消などを義務付けていないからです。 欧米などでは、日本より厳格なバリアフリー基準が設けられています。23年に織田さん夫婦が訪れた米国カリフォルニア州のグレンデールという都市の一部地域では、車いすで入れない施設が一つもなく、友理子さんは「自分が車いすだということを忘れた」と言います。日本でも鳥取県など、条例で新設の小規模店舗の段差解消を義務付けている地域があります。 ■福祉から人権へ 新バリアフリー法が制定され、障がい者など移動に困難を抱える人のための環境整備はある程度、進みました。しかし、友理子さんにとっての段差のように、いまだ「壁」を感じ、外に出ることをためらう人は少なくありません。 「これまでバリアフリーは“福祉”の視点で語られることが多かった。これからは、人としての尊厳、“人権”を守るという視点で、誰もが行きたい場所に行ける社会をつくってほしい」 そう友理子さんは願っています。 ■公明、一貫してリード 公明党が制定をリードした06年の「新バリアフリー法」は、従来の交通事業者向けと建築物向けの法律を統合し、駅周辺から街全体を一体的に整備するバリアフリーの転換点となりました【表参照】。 この法整備により主要駅でのエレベーターなどによる段差解消は9割を超え、ホームドア設置は1190駅と20年間で4倍に。バリアフリー状況は劇的に改善されました。 近年は法改正を重ね、「心のバリアフリー」といったソフト面の啓発を強化。20年に新幹線や特急車両、25年には劇場などの車いすスペース拡充へ基準が見直されました。 DPI(障害者インターナショナル)日本会議の佐藤聡事務局長は「バリアフリーといえば公明党です。困った時の強い味方で、今回(25年)の基準見直しに向けても強く後押しをしてくれました」(本紙同7月29日付)と証言しています。 ■誰にとっても優しい社会めざす/党バリアフリー施策推進プロジェクトチーム座長 石川博崇参院幹事長 公明党は当事者と共にバリアフリー施策を推進し、車いす利用者が円滑に移動できる世界トップ水準の公共交通インフラを実現してきました。 一方で、大規模商業施設内のテナントや飲食店への対応は事業者や自治体任せで「入れる店にしか入れない」といった不自由な状況が残っています。スポーツスタジアムなどの観戦環境の改善も検討段階にあります。 今後はこれら一つ一つの課題解消を進めるとともに、党の強みである国と地方のネットワークを生かし、地域ごとの計画策定を含めた自治体の取り組みを後押ししていきます。 当事者の声を政治に反映させていくことで、誰にとっても優しい社会の構築をめざす決意です。