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(令和ニッポンを歩く)ホームレス、医療の“最後の砦”は今/済生会の「中央病院」(東京・港区)/「路上生活者」受け入れ減少、ネットカフェ利用者が大半に
人々が足早に通り過ぎる駅の片隅で、じっとうずくまるホームレスの人々。彼らが病に倒れた時、医療体制はどうなっているのか。恩賜財団済生会の本部(東京都港区)に隣接する東京都済生会中央病院(以下、中央病院)は、他の病院で断られたホームレスを日本唯一の「専用病棟」で受け入れてきた。昨年12月末には、「受入病床」に機能を変更し、一般病床における受け入れ体制とした。専用病棟で医療の最前線に立ち続けた看護師らの証言を通して、移り変わるホームレスの姿に迫った。(文・本間英雄)
かつてホームレス専用病棟であったナースステーションや病室。
「懐かしさしかない…」
ここで看護師として長年働いてきた関根一美さん(中央病院副看護部長)は、ベッドが全て埋まりフル回転した往時を振り返った。
■余命宣告
中央病院のホームレスのための事業は、東京都との協議に基づいている。終戦後、戦災で庶民の生活は窮乏し、住まいを失った人々が至る所にいた。そこで都は、中央病院の隣接地に都立民生病院を設置し、1953年からホームレスの受け入れを始めた。運営は中央病院が受託した。
2002年に都立民生病院が廃止され、その土地の有償譲渡に伴って、ホームレスの受け入れ機能も中央病院が引き継いだ。当初の定員は85床。新しい病棟の2フロア分が「ホームレス専用病棟」となった。
関根さんは入職1年目から専用病棟に配属され、以来十数年ここで働いた。入院してくる患者は、社会のルールに縛られない個性豊かな人たちばかり。
勝手に退院する人、お酒が飲みたくて消毒用エタノールを飲んでしまう人……自由奔放な患者たちに、戸惑いの連続だった。
その中でも関根さんが忘れられない患者がいる。駆け出しの頃に出会った男性患者は、末期がんだった。余命が長くないことを告げられると、寿司やカニなど好きなものを食べ続けた。
そして、関根さんに告げた。「よし、もう自分のしたいことはやったから眠らせてくれていいよ」。男性は静かに命が尽きるのを待ち、息を引き取った。
「本人が自分の生き方を決めた。当初は彼の振る舞いに納得がいかなかったが、生き方は本人が選ぶものであり、それは絶対に尊重すべきだと気付かされた」
■社会的排除
路上生活は最も厳しい居住状態だ。猛暑や低体温で命を落とすこともある。「怠けている」「社会の落後者」など批判も根強い。長年の路上生活による汚れや臭気は、社会的排除にさらされる要因の一つだ。
救急搬送の際も、そうした問題が壁となり、受け入れが難航することがあった。度重なる受け入れ拒否でどうしようもなくなった場合の“最後の砦”が中央病院だ。患者が搬送されると、救急搬送口のすぐ近くにある洗浄室に直行し、温水シャワーを使って医師や看護師らが総出で体の汚れを洗い流した。
ホームレスの診察経験が長い足立智英医師(中央病院総合診療内科部長)は気付いたことがある。「救急に運ばれてきた時の症状でよくあるのは“どこかが痛い”ではなく“動けない”。一般の患者ではまずない」
その理由を中央病院の医療ソーシャルワーカー、關口安孝課長は「公的支援に頼りたくない、迷惑を掛けたくないと我慢に我慢を重ねた結果、最も悪い状態で運ばれてくるからではないか」と推測する。
退院後は本人が希望すれば、住居確保や就労支援など利用できる制度は整っている。しかし、「俺はもう大丈夫だから」と元の路上生活に戻ってしまう人が少なくないという。
關口課長は「それが彼らなりの“頑張り”なんだと思う。怠けているわけじゃない。でも限界まで耐えて動けなくなる前に、支援につながってほしい」と悔しさをにじませる。
■二極化
関根さんは一般病棟勤務を経て、2年ほど前にホームレス専用病棟へ看護師長として戻ってきた。その間、ホームレスを巡る状況は大きく変わった。
一時は2万5000人超に上った全国の「路上生活者」は2591人(24年度)に。都内23区では342人(25年度)と、統計上で最も多かった1999年度と比べて6%に減少した。
搬送されてくるホームレスの姿も大きく変わり、二極化の様相を示している。関根さんは「洗浄が必要な路上生活者は珍しくなり、ネットカフェなどで寝泊まりする人が主流となった。年齢は40代から50代と若くなり、女性も混じるようになった」と最近の傾向を語る。契約社員やパートで働いており、スマートフォンを持っている。外見は一般人と変わらないが、住居や健康保険証がないという。
一方で、従来の路上生活者は、数は減ったが高齢化が進み、「認知症が増えている」(足立医師)。
■昨年末から「専用病棟」での隔離をやめ、「一般」で対応
こうした変化を受け、中央病院と東京都は協議を行い、専用病棟の上限を徐々に減らしてきた。2015年は70床に、23年には40床の1フロアへと縮小。昨年末からは18床に絞った上で「専用病棟」に隔離する形態をやめ、「一般病棟」で受け入れる運用に転換した。
「私たちはホームレスであろうとなかろうと、同じ人間として平等に医療を提供する」
日本唯一の「専用病棟」はなくなったが、関根さんたちの医療者としての信念は変わらない。
■「いなくなったのではない。見えなくなっただけ」
「ホームレスは、いなくなったのではない。見えなくなっただけだ」
そう警鐘を鳴らすのは済生会本部の炭谷茂理事長だ。厚生省(当時)で社会・援護局長を務めていた2000年前後、ホームレス対策に心血を注いだ。時を同じくして公明党議員らも国会でホームレス問題を取り上げ、02年の「ホームレス自立支援法」(議員立法)制定につながった。時限法で2度延長されており、来年8月に期限を迎える。
炭谷理事長は、東京都の実態調査で、住居のないネットカフェなどの利用者が約4000人に上ったことに触れ、「全国に換算すると3万~4万人で、かつての路上生活者のピークを上回る。今の支援法では、対象が路上生活者に限定され、ネットカフェ難民はこぼれ落ちている。日本も欧米諸国のように、ホームレスの基準を『住居喪失』に見直す時ではないか」と強調する。
今この瞬間も、住まいを失い、人知れず孤独や痛みに耐えている人々がいる。街角のベンチで、深夜の店の片隅で……。そんな社会の周縁で苦しむ人々を取り残さず支え抜く、包摂の仕組みの充実・強化が求められている。