1面から続く 瑠璃色の海を船は進む。乗客は外を眺めている。西表島(沖縄県竹富町)を出航した船の行き先は、隣町の石垣島(石垣市)。大型スーパーへの買い出しに、あるいは通院や行政手続きのために、竹富町の人々は島と島を行き来する。九つの有人島からなる、この町の日常だ。 「電車に近い感覚。生活の足です」。そう説明すると、公明党町議の三盛克美(60)は経由地の鳩間島で“途中下船”した。議員の基本の住民相談も、この町では船が欠かせない。亜熱帯の強烈な夏の日差しの下、知人を一軒ずつ訪ね歩き、近況や困り事に耳を傾ける。 三盛は3期12年、この町の議員を務めている。「島を元気に」が目標だ。出産祝金の増額やオンライン診療の導入、子育て支援センター設置など実績は数知れず。今は副議長も担う三盛だが、議員人生は波乱の船出だった。 ◇ 12年前まで町に女性議員はいなかった。三盛が立候補を決意するや、「女に何ができる」と島民から暴言を浴びせられた。笑顔で受け流した。「逆に燃えました。絶対に変えてやるって」 党員、支持者、家族と一丸で支援を広げた。バス運転手の夫の光祐さん(61)が選挙カーのハンドルを握り、綿密な遊説計画を立てて島々を街宣した。干潮の海を水牛車に乗って由布島にも渡った。 投票箱は、町役場が置かれる石垣市へ船で運ばれてから開く。開票結果に町選挙管理委員会の職員は驚きの声を上げた。「300票を超えた人は初めてだ」。三盛は322票の1位で初当選を果たした。町政の歴史が、潮目が変わった。 ◇ 三盛には、島を巣立った4人の子どもがいる。議員になる前は仕事を三つ掛け持ちし、島外に進学後の学費や生活費を工面した。働けど働けど楽にならず、わが子に言い聞かせた。「お母さんは草を食べてでも頑張るから、あんたたちはしっかり勉強するんだよ」 子育て一つとっても離島特有の苦労がある。初の女性議員として三盛は、お母さんたちの代弁者になると決めた。議会は完全な男社会。「スカートをはくな」と見下す先輩もいた。“道を開く”と笑顔は絶やさず、誰よりも勉強し、動き、実績を築いた。 三盛の負けん気は「父親譲り」。父の川満朝明さん(90)は、17歳で宮古島から西表島に渡り、裸一貫から身を立てた。食料品が手に入りづらい西表島に、島で最初のスーパーを開店させた。ジャングルを開き広大なパイナップル畑を築いた。 朝明さんは妻の美江子さん(84)と毎朝、畑に出る。三盛も小学生の登校の見守りを終えた足で、午前10時まで作業をサポートする。「父の大好きな農業だから続けさせてあげたい」のだ。 長年、公明党を必死に支援してきた朝明さん。旧習が根強く、過去には選挙のたびに「なぜ地元の人間を推さないのか」とスーパーの不買運動を起こされた。鎌を手に脅す人もいた。父は屈しなかった。「やれるものなら、やってみろ」 父はめったに娘を褒めないが、三盛が選挙に初当選した夜は人知れず涙を流した。「克美は竹富町の歴史を作った。これから、もっと強くなる。もっともっと伸びる。どうか三盛をよろしく」。荒波を越えた父と娘の勝利宣言だった。 ◇ 年4回ある一般質問は、三盛にとって島民の声をカタチにする「命懸けの60分」だ。議会での印象を町建設課の田代仁課長は、「町民の事情が心に浮かぶのか、強い口調になることもある。何でも自分の足で調べていて、こちらも勉強になる」と語っていた。 黒島に住む仲底傑さん(47)は、離島の子どもたちの命を守るオンライン診療アプリ「キッズドクター」を「非常に評判がいい」と絶賛する。三盛が石垣市議会公明党の平良秀之、石垣達也との連携プレーで実現したもの。「子どもと福祉に熱心で話しやすい」と、仲底さんは信頼を寄せる。めいの真謝美帆さん(28)には「憧れの存在」だ。「島のために、めっちゃ頑張ってて、かっこいい。克美さんみたいな女性に私もなれたらな」 ◇ 美帆さんと同じくらいの年の頃に、三盛の原点はある。東京を夢見て島を飛び出し、自分の居場所を探していた20代の夏。7年ぶりに島に帰省し、目にしたマングローブの木に心を強く動かされた。 マングローブの種は、木から落ちると川を旅し、自分で決めた場所に根を張ることを知った。「そこに深く根を下ろし、命をつなぎ、役割を果たしていくんです」 この時から三盛は心に決めている。「私も、この島で根を張ろう。必要とされる人になろう。島のために、命を使おう」と。笑顔に秘める誓いは、南国の空よりも海よりも美しい。(随時掲載) 文・久世源太、写真・大久保尭央、レイアウト・向井慎 ※感想をお寄せください