もう二度と自由に歩くことができないのか--。けがや病気で体の一部や機能を失い、深い苦しみに襲われる人々にとって、“立ち上がる希望”となる義手や義足、車いすなどの義肢装具。大阪府大東市にある製作現場を歩くと、義肢装具が担う役割の重さとともに、原材料価格の高騰で事業者が直面する苦境も浮かび上がってきた。「作れば作るほど赤字になる……」。事業者の声を聴き、課題に迫った。(文・写真=高橋悠斗)
カンカンカン、ジリジリジリ。義足の成型や組み立てなどを行う音が響く。日本最大規模の義肢装具製作会社「川村義肢株式会社」の大東本社(大阪府大東市)では、義手や義足を作る国家資格「義肢装具士」や「義肢・装具製作技能士」、車いすを整備する民間資格「車いす安全整備士」らが真剣なまなざしで作業を進めていた。
その一人、同社の義肢装具士で取締役営業本部長である山本康一郎さん(54)は熱く語る。
「義肢装具は、体の一部を失った人が人間らしい生活を送る上で欠かせない存在であり、人生の可能性を大きく広げるものだ」
山本さんが同社に入社したのは約33年前。父親に障がいがあったことや、医療に貢献したいとの思いがきっかけでこの職を選んだ。
義肢装具は2種類ある。けがや病気になった後、治療やリハビリ目的で使う「治療用装具」、そして治療が終わった後に日常生活を支える目的で使う「補装具」だ。
例えば、脳卒中でまひが残る患者には歩行機能の改善のため足に装着する治療用装具、労働災害で足を切断した人が退院後の生活で使う場合には足の機能を補う補装具を作る。
長年、患者に寄り添い、義肢・装具製作技能士と共に、採寸や製作、調整、仕上げなどに取り組んできた山本さん。日々重ねる多くの出会いの中で、脳裏に焼き付いて離れない記憶がある。「患者が初めて義肢装具を身に付けた瞬間」だ。
「病気で片足を失ったがどうしても娘の結婚式に歩いて参加したい」と話す父親が初めて義足を身に付けた時、下半身が不自由な子どもが初めて車いすに乗った時……。「みんな同じく表情が変わる。ぱあっと明るくなる。その瞬間に立ち会えることが義肢装具士の醍醐味。だから大変な時も頑張れる」。山本さんは関わってきた人々の顔を思い浮かべてほほ笑む。
■価格は国が決定、転嫁できず
日本の義肢装具の技術は世界をリードしている。しかし今、コロナ禍やウクライナ侵攻などの影響を受け、製作に必要なプラスチックやアルミニウム、半導体などの価格が高騰し、事業者の経営を圧迫。川村義肢株式会社でも、2022年以前と比べて25年はプラスチックなどの材料費が3割上昇したという。
一般的な製造業なら、価格高騰に対応するため価格転嫁を進められる。だが、義肢装具作りではそれも難しい。なぜか。治療用装具や補装具の販売価格は原則、国が決定するためだ。
補装具の価格は障害者総合支援法に基づく補装具費支給制度により決定。一方、健康保険法などに基づき作られる治療用装具も、価格は補装具の額を基準として算定される。値上がりする原材料価格に見合う価格の早期改定が求められるが、いまだに進んでいない。
実情は深刻だ。同社の羽佐田和之専務取締役は打ち明けた。「価格転嫁ができない以上、人件費や設備投資費を絞らざるを得ないが、そうすると若い人材が流出してしまう。人手が減ればサービスを提供できる範囲も狭まり、装具を必要としている人に届きにくくなる。企業努力を重ねているが、この悪循環から抜け出せずにいる」
■先達が紡いだ技術、持続可能なものに
取材の終わりに、日本の義肢装具の歴史がまとめられた同社の展示を見学した。1946年に創業された同社は、第二次世界大戦の終結直後、戦争で手足を失って悲しむ人々に寄り添い発展。「少しでも製品が体に合うように」「痛みがなく快適に動けるように」と試行錯誤を重ね、約80年間、技術を磨いてきた。
義足を握る山本さんの手に力がこもる。
「多くの先達が紡いできた日本の義肢装具の技術とホスピタリティ(おもてなしの精神)は、世界に例を見ない宝だ。治療用装具や補装具の製作・供給などのサービスを持続可能なものとするために、価格改定に限らず、仕組みの総合的な見直しを進めてもらいたい」
■来年の改定まで「待てない」/地方交付金の活用もわずか
原材料価格の高騰【グラフ参照】の影響は、義肢装具の製作から販売まで多くの関係者に及ぶ。業界団体は2025年末、補装具の価格改定などを求める要望書を政府に提出。「補装具を公定価格の範囲内で供給することはもはや不可能」と強調した。
補装具の販売価格の改定は3年に一度とされ、次回は27年度だが、現場からは「とても待てる状況にない」「イラン情勢の緊迫化でさらに悪化している」と早期改定を望む声が上がっている。
こうした状況に対し、国は価格改定までの支援として、重点支援地方交付金の活用を促すが、同交付金を活用して補装具事業者を支援している自治体は全国でもごくわずか。各地の事業者からは「自治体に問い合わせても門前払いされた」「期待していない」といった声が多く寄せられているのが実態だ。
■診療報酬の処遇改善、義肢装具士は対象外
また、26年度の診療報酬改定において、医師やリハビリ専門職などが処遇改善の対象に含まれる中、治療用装具などを作る医療職である義肢装具士は対象に含まれなかった。
ある事業者は「なぜ義肢装具士は外されてしまったんだろうか……」と肩を落とした。
■中道・公明、制度見直しを強く主張
義肢装具の価格改定などに向けて、中道改革連合の山本香苗代表代行は公明党時代から一貫して関係者の声を聴き、政府へ働き掛けてきた。
2月27日の衆院予算委員会では、2026年度診療報酬改定の対象に義肢装具士が含まれていないことや、価格高騰に苦しむ補装具事業者の声を取り上げた上で、「(価格改定を)本来なら25年度にやるべきだった。大事な技術だ。速やかに調査、価格の見直しをしてもらいたい」と強く主張した。
一方、公明党としても、党厚生労働部会が25年12月に政府に提出した26年度予算案に向けた重点要望の中で、「実態を調査した上で、サプライチェーン(供給網)全体を守るために、次期告示価格の改定においては確実に補装具支給基準の見直しを行うこと」を要請。
こうした中道・公明からの訴えを受け、政府は現在、事業者の実態調査などを急いでいる。
山本代表代行は「必要なユーザーに義肢装具が届き、事業者を支え、わが国が誇る大切な技術を守るために、引き続き、政府への働き掛けを進めていく」と語る。





