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(土曜特集)「無知学」から見る現代社会/「知らない」は作られる/東北大学DEI推進センター 鶴田想人特任助教に聞く

公明新聞2026年3月21日付 4面

 私たちは何を、なぜ知らないのか--。SNSで偽・誤情報が広がりやすい現代、無知が作られる仕組みを研究する学問である「無知学」への関心が高まっている。無知は単なる知識不足ではなく、社会の中で意図的、あるいは構造的に生み出されることがあるという。『無知学への招待』の編著者で、東北大学DEI推進センターの鶴田想人特任助教に聞いた。

■(学問としての特徴)原因は個人の外にあり/市民が被る不利益、減らしたい

 --近年、「無知学」が注目される背景は。

 現代は、客観的事実より個人の信念や感情が優先され、それが世論形成に影響力を持つ「ポストトゥルース」の時代とも言われる。2016年の米大統領選でのトランプ氏の勝利や英国のEU離脱(ブレグジット)を巡る国民投票では、フェイクニュースや陰謀論が有権者の判断に影響を及ぼした可能性があるとして世界に衝撃を与えた。

 ここ数年、日本でもSNSなどで真偽不明の情報が氾濫し、民主主義の基盤を揺るがしかねない問題として認識されるようになってきた。ポストトゥルースにあらがうためにも、無知、つまり真実を知らない状況がなぜ生まれるのかを解明する必要が高まっていることから、「無知学」に注目が集まっているのではないか。

 --そもそも無知学とはどのような学問か。

 無知学は「私たちは何を、なぜ知らないのか」という問いを出発点に、無知が作られる仕組みを明らかにする学問だ。

 一般的に無知という言葉には、「本来知っているべきことを知らない」という非難のニュアンスが含まれがちだ。知らない原因も、個人の非常識や勉強不足といった知的怠慢に求められることが多い。これに対し無知学では、無知は社会の中で「作られるもの」と捉える。原因を個人の外部に求める点が特徴だ。

 学問としては2000年代に科学史の分野から生まれた。従来の科学史が知識の積み上げに光を当ててきたのに対し、あえて知られていないことにも着目する。例えば選挙で有権者が判断材料として知っておくべきことを知らず、結果的に自分にとって不本意な投票を行ってしまうといったように、知らないことによって市民が被る不利益を減らしたいという思いが研究の根底にある。市民を守る社会運動的な性格を持つ学問と言えよう。

■(無知のメカニズム)「意図的」と「構造的」/ネット社会でハイブリッド化

 --無知はどのように作られるか。

 大きく二つのパターンがある。一つは「意図的な無知」だ。企業や政府が自分たちに不都合な事実を隠蔽したり、あえて紛らわしい情報を流したりすることによって作られる。

 代表的な例として、米国のたばこ業界では、喫煙による健康リスクを知りながら、それを長らく認めなかったことが挙げられる。商品販売に不利になりかねない情報を企業が隠そうとする事例は歴史的に繰り返されてきた。日本でも公害を巡って、水俣病の原因究明に長い時間がかかった理由の一つに、工場が調査に協力しなかったり、別の原因説が唱えられるなどして混乱が生じたことがあったことが知られている。

 こうした負の歴史が繰り返されないようにすることも無知学の使命だと考えている。

 --もう一つは。

 「構造的な無知」だ。これは誰かが意図して隠しているわけではなく、社会的・文化的要因から、いつの間にか生まれてしまう無知を指す。

 例えば医学界では女性医師が男性に比べて少ない。そのため女性特有の病気や症状の研究が手薄になってしまい、つわりなど女性の痛みが研究対象にされにくかった可能性がある。構造的な無知は、特定の分野が研究対象から外れたり、重要性が十分に理解されなかったりすることで生じる。

 --現代社会の状況は。

 意図的な無知と構造的な無知が絡み合う「ハイブリッド」状態だと考えている。

 無知はいつの時代も意図的にも構造的にも作られてきたが、ここ20~30年でインターネットやSNSが登場し、環境が大きく変わった。誰もが情報を手軽に発信できるようになり、生成AI(人工知能)の発達も相まって意図的な偽情報が出回りやすくなった。

 一方で、その人に合った情報を表示するように設計されたSNSの「アルゴリズム」によって、偏った情報が拡散されやすいという構造的な側面もある。

 また、悪意を持って偽情報を流す場合もあれば、流れてきた情報を信じてしまい、悪意なく拡散に加担してしまう場合もある。誰もが偽情報の加害者にも被害者にもなり得る状況で、「意図的」と「構造的」を切り分けることが難しくなっている。

■(対応・向き合い方)情報環境の改善が必要/SNSと適度な距離を保って

 --ネットやSNSで情報があふれる一方、誤解や誤情報が広がりやすいのはなぜか。

 むしろ情報が多過ぎるからこそ、かえって無知が生まれやすくなる面がある。人が注意を向けられる範囲には限りがあり、私たちは偶然触れた情報でしか物事を認識できないからだ。複数の新聞を隅々まで読めば偏りは減らせるかもしれないが、一つの問題の全体像を把握するのは不可能に近い。

 また、人には自分の価値観に合う情報を信じ、自らの考えを補強する情報ばかりに目が向いてしまうといった“認知の癖”がある。情報過多の環境ではこうした傾向が強く働き、多くの情報に触れているようで、実際には限られた情報しか見えていないという状況が生まれやすい。

 加えてSNSでは、自分の考えが正しいと確信させるような情報が次々と流れてくる。SNSの仕組みが人間の認知の癖と共鳴することで、結果として物事に対する認識がゆがみやすい状況が生まれている。

 --社会や政治はどう対応すべきか。

 偽・誤情報への対処法として、まず重要なのは情報を受け取る側のメディアリテラシーを高めることだ。ただ、それだけでは十分ではない。無知学の視点では、情報環境そのものの構造を改善する必要があると考える。

 その一つがSNSプラットフォームの規制だ。選挙期間中など、偽・誤情報が世論形成に大きな影響を及ぼす可能性がある局面では、SNSの収益化の仕組みを一時的に制限すべきではないかという指摘もなされている。

 重要なのは偽・誤情報が広がりにくい仕組みを整えることである。人々が社会や政治の問題を判断する際に、極端に偏った情報ばかりが目に入る環境を改善していくことが必要だ。

 --私たちは無知とどのように向き合えばよいか。

 SNSの規制の仕組みが十分に整うまでは、意識的にSNSの外に注意を向けることも大切ではないか。いくらメディアリテラシーを高めても、目にした情報一つ一つの真偽を全て確認することは現実的ではない。だからこそSNSとは適度な距離を保ち、そこに流れてくる情報だけで物事を理解したつもりにならない姿勢が重要だ。

 例えば、対面で人と話したり、立場の異なる人の意見に触れたりする機会を意識的に増やすことも一つの方法だ。

 私たちには知らないことがある。その前提に立ち、情報との向き合い方を見直していく姿勢が求められている。

 つるた・そうと 1989年、東京都生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。修士(学術)。お茶の水女子大学ジェンダード・イノベーション研究所客員研究員、大阪大学社会技術共創研究センター招へい教員を兼任。専門は科学史・科学論。