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(熊本地震10年)観光振興の歩み着実に/修復続く熊本城、活気づく阿蘇

公明新聞2026年4月16日付 1面

 熊本地震の「本震」からきょうで10年。「熊本城」や自然豊かな阿蘇地域への道路、「阿蘇くまもと空港」は被災後、重点的に復旧・復興が進められてきた。震災復興の大きな柱となる観光振興の今を追った。=熊本地震取材班 文・岩永博之、写真・江田聖弘(ドローン撮影)、動画・比義広太郎

 約400年前に戦国武将・加藤清正が手掛けた熊本城。震災当時は13棟の国重要文化財が全て被災し、櫓や石垣もいたる所で崩れ落ちた。県民の誇りを“復興のシンボル”に。長年親しまれてきた人気の観光地は、被災した街とともに復旧作業が進められてきた。

 2019年から天守閣周辺の一部エリアを期間限定で公開。20年には、地上約6メートルの高さに「特別見学通路」を設け、城の修復過程を歩きながら見学できる環境を整えた。21年3月には天守閣が復活。6月から待望の一般公開が始まった。

 熊本城総合事務所の東野洋尚所長は「修復の歩みを継続して見学できる貴重な機会にもなる」と話す。

 来場者数は限定公開から24年度までに約140万人を超え、増加傾向だ。櫓の解体や石垣の修復といった作業は現在も続いており、完全復旧は26年後の2052年度を予定している。

 熊本大学の山尾敏孝名誉教授は「今しか見られない熊本城の復旧過程を公開することは熊本の魅力を高めることにつながる。観光面だけでなく、城や震災の歴史を学ぶ教育的な価値も生み出す」と話す。

 雄大な自然に包まれた阿蘇地域は、国内外から多くの人たちが訪れる。熊本地震では、熊本都市圏から同地域へ向かうための国道57号が大規模な斜面崩壊により寸断。阿蘇大橋は崩落し、鉄道もJR豊肥本線の線路が流出した。「阿蘇へのアクセス難は風評被害にも直結するとの危機感があった」。県観光振興課の中嶋孝幸参事は当時を振り返る。

 県はインフラ回復を最優先課題と捉え、国と協力して迅速な復旧に着手。道路は19年に俵山トンネルルート、20年に国道57号と同北側復旧道路が開通。21年3月の「新阿蘇大橋」の完成をもって主要幹線道路が復旧した。鉄道も20年にJR豊肥本線、23年に第三セクターの南阿蘇鉄道が全線運転を再開。地震前の15年に約1500万人だった観光客は、翌年に約850万人まで減少したが、昨年は約1100万人まで回復。今も増え続けている。

 交通インフラ整備に合わせ、県は阿蘇地域における移動の利便性向上にも注力している。主要観光地を巡る周遊バスや、スマートフォンでタクシーの予約・決済ができる仕組みなどを導入し、観光客が自由に移動できるよう整備した。こうした取り組みも活気につながっている。

■空港では利用者が過去最多

 「阿蘇くまもと空港」も観光や産業を支える重要インフラとして刷新が進められ、23年3月に国内・国際線が一体となったターミナルビルが完成した。

 16年度に約298万人だった利用客数は、24年度には約370万人と過去最高を記録。熊本国際空港株式会社の徳永芳克部長は、「ビジネス客やインバウンド(訪日客)需要が定着している」と語る。県は、空港にアクセスする鉄道整備を計画しており、さらなる空港の発展に力を入れる。

 復旧・復興とともに、観光振興への歩みは着実に進んでいる。

■公明、インフラ復旧を推進

 公明党は地震発災直後から、復旧・復興に尽力してきた。国と地方の公明議員が連携し、石井啓一・元国土交通相(公明党、当時)、赤羽一嘉・元国交相(同)らと共に現地調査を重ね、熊本城や交通インフラの早期復旧を進めてきた。

 また、震災で打撃を受けた観光業者や中小企業の声を受け止め、国や県に対応を求めてきた。これにより、被災した中小企業を支援する「グループ補助金」や、国の助成で九州への旅行代を割り引く「九州ふっこう割」の導入を実現した。