はつらつとした振る舞い、親子に向けるまなざし。豊島区議の高橋佳代子(58)には、いつも優しさと頼もしさがあふれている。2003年、4人の子育て真っ最中だった35歳での初当選以来、「住民の暮らしと未来を守るため、なすべきことを全力で」と地域を自転車で回り、声なき声に徹して耳を傾けてきた。 ◇ 原点がある。04年8月、自閉症の子を育てる保護者に向き合った。発達障がいの特性が周囲に理解されず、いじめられ、ひきこもった多くの少年少女の存在を知った。母親は「法的に障がいとみなされず、何の支援も受けられない」と唇をかんだ。 「何とかしたい」。高橋は1期目ながら物おじせず、党代表代行だった浜四津敏子に「声を聴いてほしい」とかけ合い、直後に当事者との面会につなげた。発達障がいのある人を切れ目なく支える法制定へ「公明党が動きます」との浜四津の温かな言葉に、胸が熱くなった。「悩み苦しむ人のための政治こそ、公明議員の使命なんだ」と。 その後も当事者の声を浜四津らに届け続けた結果、難しい国会状況の中で公明党が与野党の合意形成に中心的な役割を果たし、支援法が成立。「子どもの存在が認められたよう。支援の手がやっと届く」と安堵する保護者の姿に、高橋は現場の声から国をも動かせると確信した。 20年たった今では当事者や家族の相談に応じ、就労支援を担う「支援センター」が全都道府県と政令市に配置。区内でも相談窓口を独自に設け、よりきめ細かいサポート体制を整えた。 さらに、自閉症や情緒障がいのある子どもが安心して学べるよう、区立小学校に続き、中学校で少人数の特別支援学級を開設。「願いを形にしてくれた」と喜びを広げる。高橋ら党区議団、都議の連携で妊婦健診や子ども医療費の助成拡充、待機児童対策も進め、豊島区は「子育てしやすい街」ナンバーワンに輝いた。 ■不登校支援 寄り添う心で 22年の議員生活は順風ばかりではなかった。ある年の春。娘がいじめに遭い、不登校に。わが子の苦しみを察知できず「“お母さんは議員だから心配させてはいけない”と言い出せなかったのかも」と自身を責めた。 議員として懸命に働きながら、心身に深い傷を負った愛娘に寄り添い続けた。逃げ出したくなる日もあった。それでも、笑顔だけは決して絶やさなかった。母として、公明議員として、「太陽である」誇りを胸に。 「娘のように苦しむ子をなくしたい」。高橋はそう誓い、いじめや不登校で悩む家族の思いを親身に聴き、12年8月、対策強化を求め区に提言。議会質問を重ね、いじめ防止対策推進条例の制定に結び付け、今年度には、不登校の児童生徒が個別・少人数で教育を受けられる校内分教室の開設も実らせた。 高橋は連日、相談を受けるたび「悩んでいるのは、この人だけではない」と捉えて手を打つ。一人の声を大切にすれば、必ず多くの人を照らせると信じて。 ◇ 現場主義を貫き、ネットワークで政策実現する公明党にあって「地方議員こそ要であり、宝物」(常任顧問・山口那津男)。その姿を追う。 (文中敬称略、随時掲載) ■取材後記 住民相談を行政につなげる際、担当課に必ず足を運ぶ。「顔が見える関係になった若手職員から解決へのアイデアが得られることもある」。22年広げ続けてきた信頼から、生理用品の無償配布など全国をリードする数々の政策を形にした。豊島区は「大衆とともに」の立党精神が党創立者によって示された原点の地。党改革へ、自転車のペダルを踏みしめる。(亨)