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(土曜特集)メタバース(ネット上の仮想空間)が開く行政サービス/株式会社Mogura 久保田瞬代表取締役社長に聞く

公明新聞2025年9月6日付 4面

 インターネット上の仮想空間「メタバース」を行政サービスに活用する事例が増えている。利用者は自分のアバター(分身)を通じて仮想空間に入り込み、さまざまなサービスを享受できる。活用例や課題などについて、自治体のメタバース導入を支援している株式会社Moguraの久保田瞬代表取締役社長に聞いた。

■3次元での体験や交流/観光PR、不登校対策などで

 --メタバースによる行政サービスの特徴は。

 久保田瞬代表取締役社長 私たちが暮らす3次元(3D)の世界をデジタルで再現するメタバースは、スマートフォンやパソコンなどがあれば誰でもアクセスし、利用することができる。メタバース上では「3次元の空間」を共有して「相互のコミュニケーション」ができるといった強みがある。すでに、観光や不登校児らの居場所づくりなどへの活用が増えており、メタバースは今後の行政サービスのあり方を大きく切り開いていく可能性がある。

 ユーチューブやTikTokといった動画媒体は広く発信できても、見ることしかできないが、メタバースを活用すれば、奥行きある空間の中での“体験”ができる。このため、例えば、観光地のPRに使えば、実際に訪れたことがない人にも親近感を持ってもらえ、動画やポスターでは伝わらない雰囲気や景色を感じられるので、「実際に行ってみたい」という動機につながりやすい。

 --「相互のコミュニケーション」を生かしたサービスは。

 久保田 メタバースではアバター同士が文字や音声で会話でき、「同じ場にいる感覚」でつながることができる。不登校の子どもや介護に追われる家族など、現実の場では相談しにくい人々も、アバターを介して匿名性が守られることで、気軽に参加できる居場所や交流の場となる。年齢や性別を超えた交流が生まれ、孤立の防止や新しい仲間づくりにつながる。

 就職や婚活などで活用される事例もある。現実世界での対面では周囲の目を気にして無難な会話しかできないこともあるが、アバターで参加すれば心理的負担が軽くなり、率直なやり取りが生まれやすいという利点もある。

 --波及効果は。

 久保田 経済活動や現実の行動にもつながっていく可能性を秘めている点が大きい。メタバース内ではデジタルアイテムやアバター衣装の売買が行われており、最初は趣味で制作したアイテムが人気を集め、結果として副業や本業に発展するケースもある。現実世界のEC(電子商取引)サイトにリンクして、ご当地の特産品を購入できる仕組みもある。こうしたメタバースの特徴を生かして、地域振興に活用していくことも考えられる。

■普及の起点は若年層/技術進歩に伴い、不便さ解決へ

 --普及の見通しは。

 久保田 5年から10年単位の期間で見れば確実に広がると考えている。3Dゲームに親しんでいる若年層ではオンラインゲームは当たり前。その延長にあるメタバースは自然な存在となりつつあるので、そこを起点に利用が広がっていくだろう。

 現状は、低性能の端末では仮想空間の表示がうまくできないなどの不便さも指摘されており、完璧とは言えない状況だ。しかし今後は、技術進歩やプラットフォームの改善に伴い、解決されていくと考えられる。少しでも関心があれば、低コストで試せる分野から取り組むのが効果的だ。

 --課題は。

 久保田 多分野で導入されてはいるが、まだ発展途上であり、成果が十分に可視化されているわけではない。また、操作方法が分かりにくいといった点は、高齢者にとって大きな障壁になるため、サポートが欠かせない。公共施設にパソコンなどの機器を設置し、職員と一緒に体験できるようにするなど、利用環境を整える工夫が必要である。

 くぼた・しゅん 1987年生まれ。慶応義塾大学卒業。2016年にメタバースを含むバーチャル領域の普及を加速させるためのメディア運営やコンサルティングなどを行う株式会社Moguraを創業。22年度経済産業省「Web3.0時代におけるクリエイターエコノミー創出に係る研究会」座長。一般社団法人「VRMコンソーシアム」理事。

■(先行自治体では)

■名所を再現、イベントも/神奈川・横須賀市

 メタバースを活用した行政サービスに取り組む自治体は広がっている。神奈川県横須賀市は2023年10月から「メタバースヨコスカ」をスタート。街の魅力を仮想空間に凝縮し、異国情緒漂う「ドブ板通り商店街」、世界三大記念艦の一つである「三笠」、東京湾唯一の自然島「猿島」など、市を代表する観光名所を再現している。

 VR(仮想現実)アプリを通じて利用者は街を散策でき、「遠方にいながらでも観光気分を味わえる」と好評だという。

 この仮想空間は交流の場としての活用も進む。音楽ライブやアート展示などの参加型イベントを定期的に開催。24年11月には民間企業と連携し、学芸員らによる現地ツアーも実施するなど、仮想と現実をつなぐ取り組みにも力を入れる。

 市担当者は「これまでに累計20万人以上が来訪し、にぎわいを生み出すなど、関係人口の増加に期待が高まっている。市内への移住者の多くが観光で訪れた経験があり、メタバースをきっかけに観光・移住へつなげたい」と語る。

■複数の政策分野で活用/愛知・豊田市

 全国で唯一、福祉や教育などさまざまな政策分野の目的で利用できるメタバース空間を提供しているのが愛知県豊田市。「メタバースとよた」を昨年12月に開設した。利用は、アプリをダウンロードしなくても、パソコンやスマホから誰でも無料で使える。

 空間内には四つのエリアを整備している。“玄関口エリア”には豊田スタジアムなど市を象徴する建物を再現し、行政情報の確認や利用者同士の交流ができる。少人数で気軽に相談できる“カフェエリア”では、不登校の児童生徒や、ひきこもりの人への新しい居場所として活用されている。ほかにも、子どもたちが課外活動を楽しむ“教育エリア”、企業や団体がセミナーを開ける“イベントエリア”も備わっており、「Zoomのようなオンライン形式よりも柔らかい雰囲気で参加しやすい」と好評だ。

 市の担当者は「今後も地域全体で取り組みを進め、多方面での課題解決に役立てたい」と意気込んでいる。