■「一人を大事に」こそ恩返し
キリッとした目つき。ちょっぴりこわもて。だが、誰に対しても分け隔てなく「お世話になります」「ありがとうございます」と、まるで新入社員のような礼儀正しさ。文京区議、6期目のベテラン、松丸昌史(68)は「支持者への感謝の気持ちを決して忘れない」。
「初当選したのは2003年。1958票をいただいて。2期目の時は1960票を……」。これまで自身が得た票数と戦いを思い起こし、こみ上げる涙を拭う。厳しい選挙戦。特に文京区は、共産党の勢力が強い。03年の区議選前まで公明区議は4人。対する共産区議は9人という地盤の厚さ。支持を広げるのは、並大抵ではなかった。
だからこそ「区議会に送り出してもらった恩は必ず返す」と、住民相談に徹した。中でも、最初に託された“願い”は忘れられない。重度の知的障がいがある娘を育てる上村榮子さん(79)からだった。当時、上村さんの娘は20代だったが、一人では生活できない。「今はいいけど、私がいなくなった後、娘は……」。親亡き後を心配する痛切な訴えを松丸は真摯に受け止めた。
議員になりたてで、福祉の知識はほぼなかった。一から勉強した。先進地の調査や関係団体にヒアリングを重ね、「親亡き後も、住み慣れた地域で暮らせるように」と当事者家族らの思いを議会などで代弁。行政を動かし、生活支援を24時間受けられる福祉施設「リアン文京」が15年にできた。
「一生懸命動いてくれた。松丸さんに感謝している」とほほ笑む上村さん。施設完成以来、まな娘はリアン文京で暮らしている。区の「知的障害者と共に歩む会」の桜井美恵子副会長は「多くの人の念願だった。たくさんの人に喜ばれている」と評価を惜しまない。
松丸の生まれは葛飾区柴又。人情に厚い下町で育った。結婚を機に20代で文京区へ転居。紙を扱う商社の営業マンとして24年間、朝から晩まで働いた。「人と関わるのは好きだけど、やっぱりきつかった」。その経験が人間としての振る舞いを磨き、成長させてくれた。
約束を守る、あいさつする、親切にする、相手のために行動する……。「当たり前のことかもしれないけど、細かい所が大事。見てないようで、人は見ている」。議員になってからも大事にする姿勢に信頼が集まる。
議会では、サラリーマン時代の経験を基に、中小企業や小規模事業者へのサポートに力を入れた。資金繰り支援の充実や、新たな販路拡大へ異業種の事業者同士が交流する場づくりなどで、新たなビジネスチャンス創出につなげた。区内で印刷業を営む高山薫さんは「困った時もすぐに来て話を聴いてくれる。何度も助けられた」と語る。
議員生活は今年で24年目に。受けてきた住民相談は9000件に迫る。一件一件、その場で丁寧にメモを取り、毎日見返しては解決の方途を探る。
実践し続けてきたのは「どんな相談でも絶対に入り口で断らない」こと。時には「無理」と思える中身もある。それでも、わらをもすがる思いで、勇気を出して声を上げた人のため、必ず具体的な行動に移す。
まだ解決に至っていない難題にも「必ず結果を」との覚悟はみじんも揺るがない。「目の前の一人を大事にする。それが僕の恩返し」。松丸の目には、公明議員の執念と誇りが宿る。(文中敬称略、随時掲載)
■取材後記
松丸議員は坂の多い区内を自転車や徒歩で移動する。道中に住民と触れ合えるためだ。住民相談に発展することもしばしば。「バスで隣に座った際に相談したこともある。頼りになる」(桜井さん)と。「住民に一番近い存在に」こそ、松丸議員が後輩に伝えたい魂だ。(星)





