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(令和ニッポンを歩く)認知症とともに生きていく/「支えあれば、やりたいことできる」/高知県の山中しのぶさん
認知症や軽度認知障害の人は推計で合わせて1000万人を超え、誰もが認知症の人、その家族になり得る時代が訪れている。国の「認知症施策推進基本計画」では、認知症になっても希望を持って自分らしく暮らし続けられるという“新しい認知症観”や、当事者の声を施策に反映することの重要性が示されている。「認知症とともに生きていく」と力強く前を向き、声を上げる当事者の姿を追った。
昨年11月下旬、認知症への正しい理解の促進をめざすイベント「RUN伴こうち」が高知県内で開かれた。香南市から高知市までの約30キロを認知症の人や家族、支援者らが走り、たすきをつなぐ。
「もうすぐランナーが来ゆうき!」。ひときわ元気に皆に声を掛けていたのが、山中しのぶさん。認知症の本人として、自らの思いや経験を発信する取り組みを続けている。
山中さんは2019年、41歳で「若年性アルツハイマー型認知症」と診断された。当時、3人の息子を育てるシングルマザーで、会社員として働いていた。
インターネットで認知症について検索すると「寝たきりになる」「家族に迷惑をかける」とネガティブな情報ばかり。現実を受け入れられないまま、将来への不安は募る一方。絶望感にさいなまれた。
■前を向くきっかけ
家族のためになんとか仕事は続けていたものの、仕事以外ではほとんど自宅から出ず、ふさぎ込む日々が1年半続いた。
抜け出すきっかけとなったのが、同じ若年性認知症の本人である丹野智文さんとの交流だった。講演活動などで自身の認知症の体験を発信していることを知り、SNSでやりとりを重ねた。
「認知症だと誰にも知られたくない」とかたくなだった心は、丹野さんの言葉をかみしめるたびに変わっていった。「つらいのは私だけではない。前を向いて一歩を踏み出したい」。自身が認知症であることを多くの人に“カミングアウト”できるようになった。
■地域の人々動かす
認知症と向き合う中で希望を持てるようになった。「認知症になっても、周囲の支えや手助けがあれば、やりたいことができる」
そこから「認知症になった人が孤独にならず、地域や人とつながれる場を」との思いを強くし、22年に立ち上げたのがデイサービス「はっぴぃ」だ。香南市と高知市に事業所を構え、利用者は50~90代の約50人に上る。大半が認知症の人だ。
地元企業などで働く有償ボランティアに加え、朝のあいさつ運動や施設見学など、利用者の「やってみたい」を形にしている。
こうした山中さんの挑戦は、地域の人々を動かし、自治体の職員や介護・医療の専門職、企業などとともに、認知症になっても安心して暮らせるまちづくりが進むようになった。
具体例の一つが「ミーティングセンターKOCHI」の取り組みだ。高知市基幹型地域包括支援センターなどが運営に携わり、認知症の本人や家族、専門職らが集まって「かなえたいこと」「やりたいこと」を自由に話し、実現していく。
同センターの田部佳枝・基幹包括担当係長は「支援する側、される側ではなく、皆がフラットに議論することによって、良好な家族関係の構築や専門職の気付きが生まれている」と語る。
■ひとりじゃない
笑顔を絶やさず、周囲を明るくする山中さんだが、昨年、幻視などの症状がある「レビー小体型認知症」との診断を新たに受けた時は、昼も夜も、涙が止まらなかった。ぽっかりと記憶が抜け落ちるなど、緩やかに認知症の症状が進行しているとも感じる。
それでも月の半分は、講演会などで全国を飛び回り、認知症の本人同士が悩みや経験を共有することでお互いを支え合う「ピアサポート」の活動にも力を入れる。
認知症の診断を受けて不安を抱える人、“認知症かも”と思いながら怖くて受診できない人……。かつての自分も同じように苦しんだからこそ、山中さんは確信を持って声を掛けている。
「認知症でも前を向いて希望を持って生きていける。ひとりじゃないき」
■“なっても大丈夫”共通認識に
「“古い認知症観”が診断の遅れや社会的孤立につながっている」と語るのは、香川県三豊市の「西香川病院」で認知症の診療に当たる大塚智丈院長だ。認知症の外来を開設して20年以上になるが、開設当初は、診断を受けた人が不安や絶望を抱き、その後、姿を見せなくなり、支援につながらないという状況が続いた。医師である自分自身も偏見にとらわれ、本人の心情に寄り添った診療ができていなかったと痛感した。
現在、同院では診断時に、誰もが認知症になり得るということや、症状が緩やかに進行することなどを丁寧に説明。認知症の当事者による体験の共有や傾聴などのピアサポートも実施している。
大塚院長は「認知症になっても大丈夫という“新しい認知症観”を持つことが、認知症の人や家族が元気に暮らしていくための要になる」と訴える。
認知症の本人や家族だけでなく、“新しい認知症観”を地域の一人一人に広げていくことも重要だ。
高知県立大学(高知市)で月1回実施されている認知症カフェ「土曜の永国寺カフェ」には毎月、100人程度が参加する。参加者は、認知症の本人や家族、専門職のほか、地域の高校生や企業など多種多様で、講話やディスカッションを通じて認知症への理解を深めている。
運営は、認知症カフェに関する国の調査研究事業にも携わる同大学の矢吹知之教授らが担う。
矢吹教授は、認知症への嫌悪感を持つ人でも対話の中で、認知症観の変化が見られると強調し、「認知症の本人や家族と出会い、正確な知識や情報を得られる“地域に開かれた場”をつくることが、認知症になっても自分らしく生きられる共生社会の実現には欠かせない」と語る。
■(公明推進の基本法)国や自治体、当事者の声を施策に反映
24年12月に策定された国の「認知症施策推進基本計画」では、認知症の人を含む国民一人一人が“新しい認知症観”に立つことの重要性に加え、国や自治体に、認知症の人や家族の意見を聴き、対話しながら、ともに取り組みを進めるよう求めている。この計画の基となったのが、公明党が強力に成立を推進した「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」だ。
公明党は、15年3月に国会で基本法の制定をいち早く提案。18年には、当事者らの声を基に党独自の骨子案を作成し、19年には公明案をベースにした自民、公明の与党案を取りまとめたが、与野党の合意が得られないまま、廃案となった。
公明党は「なんとしても基本法を成立させたい」と、その後も各党への協力を粘り強く呼び掛け、21年には超党派の議員連盟が発足。公明党が中心となって合意形成を進め、23年に基本法の成立が実現した。