出生や父母の氏名などを証明する戸籍。さまざまな事情で親が子の出生届を出せず、戸籍に記載されない無戸籍者は、社会的に“いない存在”として扱われ、身を隠すように暮らさざるを得ない状況にある。今年5月時点で国が把握する無戸籍者は652人。取材に歩く中でその一人に出会った。(報道部・高橋悠斗) 6月上旬、無戸籍問題を考える若手弁護士の会(高取由弥子代表)が都内で開いた記者会見の席に、10代の男子大学生・せいやさん(仮名)はいた。「僕は生まれたときから、戸籍がありません」。高取代表らに支えられて、会見に臨むせいやさんの声は少し震えていた。 ■DV夫から逃れて せいやさんの母親は、婚姻関係にあった男性Aによる家庭内暴力(DV)から逃れるため、別居を選んだ。離婚協議が難航する中、母親は別の男性Bとの間にせいやさんを授かり、出産。Aとの離婚が成立してから300日がたっていなかった。 法律上の父親を決める民法の「嫡出推定」制度では、離婚後300日以内に出産した子どもは前夫の子と扱われる。母親はAがせいやさんの父となるのを避けるため、出生届を提出しなかった。 一方、母親はその後、せいやさんの血縁上の父であるBからも激しい暴力を受けるように。Bとの再婚を選ばず、母子はDV被害者の避難施設に命からがら逃れた。 現在は無戸籍でも、条件を満たせば住民票を発行でき、就学も可能だ。しかし、運転免許やパスポートを取得できないなど、多くの不利益を被る状況は変わらない。 せいやさんは大学に進学した頃、友人から「免許を取ってみんなでドライブに行こうよ」「大学が募集している短期の留学に行かないか」と誘われた。だが、“行きたい”と口にできなかった。「戸籍がないからです。みんなが当たり前にできることが僕にはできない……」 ■手続きにリスク 2024年4月施行の改正民法では、離婚後300日以内でも女性が出産時に再婚していれば、現夫の子とするよう、嫡出推定の見直しが行われた。法律上の父子関係をDNA鑑定などで否認できる裁判手続き「嫡出否認」制度についても改善。従来は父親だけに認められていた制度利用の権利が母子にも拡大した。 せいやさんのように、改正民法の施行日前に生まれた無戸籍者や母親も、施行後1年間に限り、嫡出否認を経過措置として利用できた。しかし、せいやさんと母親は悩んだ末に利用を断念した。 その理由を、若手弁護士の会の阿部みどり氏は語る。「嫡出否認など戸籍を得るための法的手続きは、その過程で前夫や血縁上の父に所在地が判明するリスクが高く、母子の安全を脅かす恐れがある。制度が存在しても安全に利用できないために無戸籍が続いている」 せいやさんの母親は書面を通じて訴える。「戸籍は取得したいです。しかし、そのために行動を起こした場合のことを考えるだけで、今でも震えや涙が出ます」 ■政府、ゼロ掲げるも600人超存在 無戸籍の影響を最も受ける年代について、高取代表は「子どもが大人になる16~20歳前後」と指摘。就職、資格取得、住宅契約、結婚など、社会に出るための扉が固く閉ざされているという。 改正民法が施行された直後の24年5月時点で無戸籍者は763人おり、嫡出否認の経過措置で解消が進むことが期待されたが、今も652人と、111人の減少にとどまっている。これに加え、行政が把握していない無戸籍者も多いとされる。 高取代表は改正民法を「一歩前進」と評価しつつも、課題に言及。「改正民法が救うのは、出産の時点で母親と血縁上の父親が再婚しているケースだ。事実婚や再婚が間に合わなかった人、DVなどで離婚できていない場合などは救われない」 若手弁護士の会は国に対して、市町村長の職権による戸籍の作成や、無戸籍者ゼロに向けたロードマップの策定と公表などを求めている。 国が“無戸籍者ゼロ”を目標に掲げて久しい。今なお無戸籍状態が続くせいやさんは声を上げる。「僕は、まだここにいます」 ■公明、残された人々の救済めざす 無戸籍者の救済へ、公明党は長年、取り組んできた。07年には無戸籍問題の解消のためのプロジェクトチームを発足。18年7月には当時の法相に提言を行い、無戸籍者の住民票記載を認める総務省通知(18年10月)や、民法改正などを後押ししてきた。これまでに無戸籍状態が解消された人は4695人に上る。 ある関係者は「誰もが振り向かなかった頃に、手を差し伸べてくれたのは公明党」と評価する。 公明党の伊藤孝江・法務部会長代理(参院議員)は力を込める。「さまざまな事情を背景に人権が侵害され、社会の片隅で苦しみ続けている無戸籍者の尊厳を守り、救済する取り組みが必要だ。人権の党・公明党はこれからも、関係者の声を聴きながら、残された無戸籍者の救済と、新たな無戸籍者を生まないための施策を進めていく」 ご感想はこちら https://forms.gle/bqgiaVH2S6u14XQU8