学生時代にいっとき、ひきこもり状態になったことがある。当時、心配して足繁く通ってくれた人生の先輩がいた。ずっと無視し続けたある日、苦しい胸の内を打ち明ける気になった。話すと、心がふっと楽になったのを覚えている◆心理士の仕事を長年続けてきた臨床心理学者の東畑開人氏は、今でも神秘的に思えることが一つだけあるという。「聞くことのちから」だ。『聞く技術 聞いてもらう技術』(ちくま新書)にそう記している◆苦境にある時、誰かが話を聞いてくれる。絶望している時にその苦悩を誰かが知って心配してくれる。ただそれだけのことが心に力を与えてくれる。現実は何も変わっていないのに不安が和らぎ、考える力が戻ってくる◆そんな経験の本質を氏は「責任の分担」だと捉える。自らの苦しさを誰かが聞いてくれた時、自身の重い責任をその人が一緒に分け持とうとしてくれていることに気付く。これが気を軽くするのだと◆それは主観的な感覚だけにとどまらない。重要なのは何かあれば、その人にまた相談できるという確かな現実があること。その時、私たちはもはや孤独ではなくなっている。これこそが「聞くことのちから」に秘められた真価なのだろう。(佳)
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