虐待やいじめなど、さまざまな事情を背景に生きづらさを抱える若者が、その苦しみから逃れようと市販薬の過剰摂取(オーバードーズ=OD)に手を出すケースが増えている【グラフ参照】。一部の市販薬は麻薬成分を含み、大量に飲むと違法薬物と似た効用が得られるためだ。先日、ODを経験した女性に会い、話を聞いた。彼女たちはこれまでどんな人生を歩み、今、何を思うのか。気持ちの一端を紹介する。(報道部・高橋悠斗) ■大事にされたかった(あい・22歳) あいさん(仮名)が薬のODを知ったのは13歳の時。母親に言われて売春をしていた当時、母の彼氏の友達から「シャブ(覚せい剤の俗称)が怖いなら、ODいいよ。歌舞伎町に行きなよ」と教えられた。東京都新宿区の繁華街・歌舞伎町に行き、そこで出会った友達と一緒にせき止め薬84錠を一気に飲んだ。心地よく感じ、「世界がキラキラして楽しかった」。その後もODを繰り返し、高校時代は学校の友達と校内で飲んだことも。 「自分が嫌いで、過去も今も何もできなくて、誰かに傷つけられて、つらくて怖いことをされ、他の選択肢もなくて、早く楽になりたくて、もう全てを忘れたくて、いつも死にたい気持ちがあってやってしまう」 飲む薬の量も増えていき、多い時は400~500錠に。ODをすると何でもできる気分になり、リストカット(刃物で肌を切る自傷行為=リスカ)や飛び降りをしたり、記憶の欠落、別の人格の発生などが起きたりするという。 あいさんは今、SNSを通じてつながった支援団体のサポートを受けているが、ODはやめられていない。もしやめたら別の自傷行為を選んでしまう恐れがあるからだ。 過去を振り返り、あいさんは思いを吐露する。 「本当はODを始める前に、下心のない大人に気付いて、見つけてほしかった。でも一番は、親に大事にされていると感じたかった。自分と弟の生活を支えるにはこれしかなかった。これからは、正しく真っすぐ必要とされたい。頑張って行動を変えていくから見捨てないでほしいな」 ■もっと落ちちゃえ(しおり・25歳) ODをやめつつある女性もいた。しおりさん(仮名)は現在、一年の半分以上を病院で過ごす。「ODは半年していない。でも代わりに摂食障害になっちゃって計画入院を繰り返している。きょうは外の世界にいる日」 しおりさんは幼い頃に両親が離婚し、寂しさを我慢する中で泣かない子に育った。中学生でリスカを始め、高校生の時に旧ツイッターでODを知った。ドラッグストアで市販薬を買って初めて経験。SNSで出会った男性に誘われ、複数人で一緒にODをする“ODパーティー”にも通うように。当時のSNS写真を見せてもらうと、テーブルの上に膨大な量の錠剤が散乱していた。 「もっともっと落ちちゃえ……そう思った。でも本当は助けてほしかった。死ぬのが怖かった」。胸の内には相反する感情が混在していた。 ある時、SNSで「死にたい」と検索。そこで支援団体の動画を見つけ、支援につながることができたが、回復への道のりは長く険しい。その後も、毎日のように約300~400錠を摂取。死にたくて、消毒液やパイプ用洗浄剤を飲み、危険な状態になったことも。 周囲の支えを受ける中で、ようやく薬がなくても生きられることが分かった。「ODパーティーをしていた友達の一人は実際に飛び降りて亡くなった。私も支援がなければ本当に死んでいた。今はODが怖い。自分の人生を壊していくこと。後々、すごく後悔した。(それに気付けて)成長だな、うれしい」。しおりさんは優しくほほ笑む。 だが、抱える苦しさ、それ自体は消えていない。「ODをやめさせて終わりではなく、その後にどう生きていくかを一緒に考えてほしい」。世の中の大人たちに対して、しおりさんは訴えた。 ■相談、痛くなかった(ななみ・30歳) 取材当日、あいさんやしおりさんを温かく見守り、支える女性がいた。支援団体スタッフの一人、ななみさん(仮名)だ。自身も過去にODをした経験がある。 8歳の頃から、両親が深夜まで帰らない日が増え、年下のきょうだい3人の面倒を見るのはいつも自分だった。冷蔵庫には南京錠が掛けられ、おなかも心も満たされない日々を送った。 18歳で家を出て短大に進学し、保育を専攻。愛着や虐待などを学ぶ中、「今まで普通だと思っていた私の家庭環境は虐待だったのかも」と気付く。授業を受けるのが一気に苦しくなり、学校を休みがちに。現実逃避をする中、旧ツイッターで知ったODをすると、ふわふわして多幸感に包まれた。「私にとってODは死にたいための行動ではなく、ご褒美のようなものだった」 21歳の頃には、ほぼ寝たきりで、家賃も払えない状態に。せめてもの思いで支援団体に「面談希望」とだけ記したメールを送り、何とか支援を受けることができた。 「親には怒鳴られたり殴られたりしてきた。だから最初、(支援団体の大人も)怒鳴ったり殴ったりするのかなって怖かった。でも私を受け止めて、話を聴き、一緒に考えてくれた。その時、相談って怖くも痛くもないって初めて知った」 ななみさんは少しずつODや自傷行為の頻度を減らし、今はもうしていない。だがあえて「私は今でもODをやめていない」と語る。 「やめたって思うと、もう二度とできないんだって自分を追い込んでしまうから。時間の経過はもちろん、人とのつながりや自分に役割ができたことで、ODという選択をしなくなったんだよねって捉えて生きている」。今ではスタッフとして女の子たちの相談に乗るななみさん。「一人で抱えなくても、一緒に考えてくれる大人はいるんだよって伝え続けたい」 ■中道・公明、当事者らの声聴く この夏、中道改革連合の山本香苗代表代行と大森江里子衆院議員、公明党の川村雄大参院議員は、OD経験者や支援者と面会し、実情を聴いた。 支援者からは「病院を受診したい未成年の子が、家庭環境が悪くて親に相談できず、親なしでは受診もできないため困っている」「自傷行為とODの両方をしているハイリスクな子を受け入れてくれる施設が少ない」などの課題が指摘された。 ■居場所提供を推進 孤立する若者の支援へ、公明党の推進により、養育環境に課題を抱え、家庭や学校に居場所のない子に居場所の提供などを行う「児童育成支援拠点事業」が2024年度に創設。今年5月からは、特定の市販薬の18歳未満への販売が小容量1箱のみに制限された。 対策が進む一方、課題も残る。OD経験者は「薬局などで大量購入できなくなった代わりに、通販や海外からの個人輸入、SNS上での売買、性行為の対価として男性から市販薬や処方薬をもらう“パパ活”などの入手方法が広がっている」と打ち明けた。 公明党時代から対策に取り組んでいる山本代表代行は語る。「ODは生きづらさを抱える若者の孤立の問題。大切なのは、ODをやめるだけでなく、その背景にある苦しさに寄り添い、孤立する若者に支援の手が早く届くようにすることだ。安心して過ごせる居場所をつくり、必要な時に相談でき、適切な支援につながれる環境を整えていきたい」 ご感想をお寄せください https://forms.gle/bqgiaVH2S6u14XQU8