「越えられない坂はない!」(竹谷とし子代表)。熊本地震の発生から1カ月が経過した。深い爪痕が残る被災地で、早期の復旧・復興を願い、困難な状況に負けずに奮闘を続ける党員、支持者の姿がある。 ■できることを精いっぱい/熊本・八代市 下山由美子さん ■公明議員と共に被災者支援 発災当時は職場で強い揺れに襲われました。障がい者の就労継続支援を担う事業所で責任者を務めており、職員や設備が無事だと分かった後、すでに帰宅していた全ての利用者に電話。2日後に事業所の再開にこぎ着けるまで、安否確認に取り掛かりました。 この間、自宅では納屋が傾き、家の中は家具が散乱していて、片付くまでは車中泊をしながらの通勤。事業所が再開した後は、利用者の状況を細かく確認するよう心掛けました。避難所に身を寄せている方の話を聞くと、半身まひの障がいがあるにもかかわらず、雑魚寝を余儀なくされていると知り、すぐに公明党の橋本隆一、西和明の両八代市議に相談。段ボールベッドやエアマットレスの配備につなぐことができました。迅速な対応に感謝しかありません。 被災者の心情、置かれた状況は一様ではなく、心こもる支援が不可欠です。一日も早く日常を取り戻せるよう、今できることに精いっぱい取り組みます。 ■ネットワークと絆を実感/熊本・氷川町 野方二治さん、年子さん ■隣の八代市で避難生活 私は建築業を営んでおり、発災当時は息子と熊本県西原村の建設現場にいました。地震の直後、妻・年子に連絡し、家族全員の無事を確認できましたが、深夜にようやく氷川町の自宅に戻ると家は全壊状態で、ぼうぜんとしました。 翌日、地元小学校に開設された避難所に身を寄せ、周囲と励まし合いながら避難生活を送る日々に。退去の期限に不安を抱える中、公明空白区の氷川町まで被災直後に駆け付けてくれた公明党の橋本隆一・八代市議に相談しました。 橋本市議は即応してくれ、同市の党員・木下清子さんが経営するグループホームの空き部屋を無償提供してもらえることに。私たちの窮状を受け止め、温かく迎え入れてくれた真心に、どれほど救われたことでしょうか。 議員、党員の迅速なネットワークと、絆の強さを実感しました。生活再建への不安はありますが、「今度は自分が誰かのために役立ちたい」との思いを胸に、一歩一歩、前を向いて歩んでいきます。 ■炎天下、再建を一日も早く/鳥取・米子市 松嶋宏幸さん ■災害ボランティアで現地入り 被災者の思いはいかばかりか。大好きな地域の再びの悲報に胸が痛みます。 2016年の熊本地震の復興に携わりたいと、地元鳥取県の自治体職員を退職後、19年5月から今年3月までの6年11カ月間、益城町の任期付き職員として被災者の生活再建に向けた土地区画整理事業に従事してきました。創造的復興に力を尽くし、5月に鳥取に帰郷。わずか2カ月後に今回の地震の発生でした。 “第2のふるさと”となった熊本のために少しでも力になりたいと今月15日、車で鳥取県米子市から熊本の被災地へ。21日までの間、知人の元に物資を届けるとともに、宇城市や甲佐町で災害ボランティアとして活動し、被災した高齢者の自宅の片付けや災害ごみの分別作業を行いました。 被災地に身を置き、炎天下の避難生活の大変さを痛感。改めて防災の大切さを実感するとともに、一日も早く生活再建を果たしてほしいと願うばかりです。今いる場所で事前防災を心掛け、今後も熊本の復興を応援していきます。